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東京高等裁判所 平成8年(ラ)1585号 決定

抗告人

甲野太郎

右代理人弁護士

鈴木達夫

幣原廣

相手方 国

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

加島康宏

外一名

相手方

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

松田英智

外三名

主文

一  原決定を次のとおり変更する。

二  相手方国は、別紙文書目録(一)記載の文書を東京地方裁判所に提出せよ。

三  相手方東京都は、別紙文書目録(二)記載の文書中の抗告人を撮影した写真を東京地方裁判所に提出せよ。

四  抗告人の相手方東京都に対するその余の文書提出命令の申立てを棄却する。

理由

一  抗告人は、「原決定を取り消す。相手方国は、別紙文書目録(一)記載の文書を東京地方裁判所に提出せよ。相手方東京都は、別紙文書目録(二)記載の文書を東京地方裁判所に提出せよ。」との裁判を求め、抗告の理由として、別紙「抗告理由書」を提出した。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件文書提出命令申立てに係る本案訴訟(東京地方裁判所平成四年(ワ)第一六一五四号損害賠償請求事件)は、抗告人である原告が、(1)被疑者不詳の窃盗・道路運送車両法違反・爆発物取締罰則違反・航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律違反・建造物等以外放火被疑事件(以下「本件(1)事件」という。)及び(2)被疑者不詳の非現住建造物等放火・爆発物取締罰則違反被疑事件(以下「本件(2)事件」という。)について捜索差押えを受けたが、その捜索差押えが違法であることを理由に、相手方である国、東京都等に対し、損害賠償を請求するものである。

(二)  本件文書提出命令申立ては、本件(1)事件について昭和六一年四月二二日に東京都新宿区〈以下住所略〉所在の〈名称略〉ビル〈部屋番号略〉において行われた捜索差押えの際捜査員が甲野(旧姓乙山)花子を撮影したすべての写真(以下「本件(1)写真」という。)及び本件(2)事件について平成三年一二月五日に東京都新宿区〈以下住所略〉先路上において行なわれた身体捜索差押えの際捜査員が抗告人及び抗告人の所持していた住所録を撮影したすべての写真(以下「本件(2)写真」という。)の提出を求めるものであり、その所持者は、本件(1)写真につき相手方国(東京地方検察庁)、本件(2)写真につき相手方東京都とするものである。

2(一)  よって検討するに、まず、相手方東京都は、本件(2)事件について抗告人の所持していた住所録を撮影したことはなく、本件(2)写真のうち抗告人の住所録を撮影し写真は存在しないと主張する。そして、一件記録を精査しても、右写真の存在を認めることはできない。したがって、本件文書提出命令申立てのうち右写真の提出を求める部分は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。しかしながら、その余の写真、すなわち、本件(1)写真及び本件(2)写真のうち抗告人を撮影した写真(以下両者を合わせて「本件各写真」という。)が存在することは、一件記録により明らかである。

そこで、以下、更に進んで、本件各写真について、その提出を求める本件文書提出命令申立ての当否について検討する。

(二)  本件文書提出命令の申立ては、本件各写真が民事訴訟法三一二条三号後段にいう「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書(以下「法律関係文書」という。)に該当するとしてその提出を求めるものであるところ、右にいう法律関係文書とは、挙証者と所持者との間の法律関係それ自体又はその法律関係に関連のある事項を記載した文書であって、挙証者と所持者との間の法律関係それ自体又はその法律関係の基礎となったり、裏付けとなる事項を明らかにする目的で作成されたものであることを要し、専ら所持者ないし作成者が自己使用の目的で作成したいわゆる内部的文書は含まれないものと解される。それを本件についてみると、本件各写真は、抗告人の居室及び身体の捜索差押えをした際に捜査員が捜索差押えの執行状況及びその適法性を明らかにするために撮影したものであるから、右捜索差押えによって抗告人と捜査機関との間に生じた法律関係に関連して作成されたものであり、右法律関係文書に該当するというべきである。これを捜査機関の単なる内部的文書にとどまるとすることはできない。

(三)  ところで、刑事訴訟法四七条は、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認める場合は、この限りでない。」と定めているところ、本件各写真が捜査の過程において作成された書類であって、右にいう「訴訟に関する書類」に該当することは、前記認定から明らかである。そうすると、本件各写真を民事訴訟法三一二条三号後段に定める法律関係文書に該当するとしてその提出を求めるに当たっても、刑事訴訟法四七条による制約を受けるものといわざるを得ない。そして、同条が「訴訟に関する書類」を原則として非公開としている趣旨は、捜査の密行性の保持、刑事裁判への不当な圧力の防止、訴訟関係人の名誉・プライバシー等の保護などにあり、同条ただし書は、これらの法益を上回る公益上の必要その他の事由があって、公開することが相当と認める場合に、例外として、これを公開することとしているのである。そして、民事訴訟において立証上右書類を証拠として提出することが必要かつ相当と認められる場合は、右にいう「公益上の必要」がある場合に当たるものと解するのが相当である。もっとも、同条の立法趣旨に照らすと、例外として右「訴訟に関する書類」を公開するかどうかの判断は、当該書類の保管者(所持者)の裁量に委ねられているというべきであるから、保管者がその公開を不相当と認めて提出を許否した場合には、裁判所は、右「訴訟に関する書類」に該当する文書の提出を命ずることはできないこととなるが、保管者による当該文書の提出の拒否がその裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用していると認められる場合には、裁判所は、その提出を命ずることができるものというべきである。

右の観点に立ち本件についてみてみると、本件各写真が刑事訴訟法四七条にいう「訴訟に関する書類」に該当することは、前示のとおりであり、また、一件記録によれば、本件(1)事件は、被疑者はその後逮捕されたが、不起訴となって終了し、本件(1)写真は、東京地方検察庁において保管され、本件(2)事件は、現在も捜査中であり、本件(2)写真(ただし、抗告人を撮影したもの。以下(三)中において同じ。)は、警視庁が捜査記録の一部として保管していることが認められる。そうすると、本件各写真は、いずれも、同条本文にいう「公判の開廷前」の書類に該当するから、原則として、公開することが許されないものであるといわざるを得ない。そこで、更に本件各写真が同条ただし書により公開することが許されないかどうかが問題となるところ、一件記録によれば、相手方東京都は、抗告人からの本件文書提出命令の申立てに対して、同条ただし書にいう「公益その他の事由があって、相当と認める場合」に該当しないとして、本件(2)写真を提出する意思のないことを表明し、相手方国も、これより前にされた抗告人からの文書送付嘱託の申立てに基づく裁判所からの送付嘱託に対して、同条により送付することができない旨の回答をして本件(1)写真の送付を拒否していることが認められる。しかしながら、抗告人は本案訴訟において、抗告人に対してされた捜索差押えの際に捜査員が本件各写真を撮影したことが捜索差押えの範囲を超えた違法な行為であり、これによって損害を被ったと主張し、捜査員による本件各写真の撮影が違法であることを立証するために本件各写真を証拠として提出すべく、本件文書提出命令の申立てをしているものであるところ、捜査員による本件各写真撮影の事実及び撮影した本件各写真の内容並びに本件各写真撮影が捜索差押えの範囲を超えた違法なものであるかどうかについては、抗告人や写真を撮影した捜査員等を取り調べることにより立証する方法がないわけではないが、本件各写真が証拠として提出されればより直截かつ的確に右の点を明らかにすることができるのであるから、本案訴訟において本件各写真を証拠として提出することは必要かつ相当であると認められる。しかも、本件(1)写真については、前記のとおり、本件(1)事件は、既に被疑者も逮捕され、不起訴となって終了しているというのであり、しかも、本件(1)写真は、一件記録によれば、抗告人に対する捜索差押えの際に捜査員が右捜索差押えの執行状況を明らかにするためにそこに居合わせて右捜索差押えに立ち会った甲野(旧姓乙山)花子を撮影した写真であるというのであるから、本件(1)写真は、現段階では、これを公開しても、同条の前記立法趣旨に反するところがあるものとは認め難い。そうすると、本件(1)写真は、他に特段の事情のない限り、これを本案訴訟において証拠として提出することを相当と認めるべき場合に当たらないとする理由は何らないというべきである。また、本件(2)写真についても、本件(2)事件は、現在もいまだ捜査中であるが、本件(2)写真そのものは、一件記録によれば、抗告人に対する捜索差押えの際に捜査員が右捜索差押えの執行状況を明らかにするため抗告人に対する捜索差押令状提示の状況等を撮影した写真であるというのであるから、これを公開したとしても、何らこれによって捜査又は刑事裁判に支障が生ずるおそれがあるものとも本件(2)事件の訴訟関係人の名誉・プライバシー等を侵害するおそれがあるものとも認め難い。したがって、本件(2)写真も、他に特段の事情のない限り、これを本案訴訟において証拠として提出することを相当と認めるべき場合に当たらないとする理由は何らないというべきである。そして、相手方らは、右各特段の事情があることについては、何ら主張しない。そうすると、本件各写真の提出を拒否するとしている相手方らの右判断は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものといわざるを得ないから、本件(1)写真については、これを所持する相手方国(東京地方検察庁)に対して、本件(2)写真については、これを所持する相手方東京都に対して、それぞれその提出を命ずるのが相当である。

(四)  以上によれば、抗告人の本件抗告及び本件文書提出命令の申立ては、本件(2)写真のうち抗告人の住所録を撮影した写真の提出を求める部分については理由がないが、その余は理由がある。

三  よって、原決定は、一部不当であるから、これを変更することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官石井健吾 裁判官星野雅紀 裁判官杉原則彦)

別紙〈省略〉

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